高熱隧道

高熱隧道イメージ

昭和が生んだ偉大なる作家・吉村昭氏の代表的長編小説。戦前、国策として進められていた黒部第三発電所の建設を舞台にした小説で、吉村氏による徹底した取材により、登場する建設会社や人名など以外はほぼ史実に基づいた描写がされている。

黒部第三発電所の建設は、岩盤温度が150度を超えるなど難工事の連続で、多大なる犠牲が続出し、また、巨費も投じられて着工から4年以上を費やし完成。吉村氏の取材により、建設当時の異常な緊張感や異様な空気感などのディテールが迫力満点で描かれている。

名言1・・・高熱隧道文庫版9ページ

高熱隧道文庫版「阿曽原谷横坑の坑内には、人間が作業をする環境とは程遠い特殊な世界が形づくられていたのだ」

この『高熱隧道高熱隧道』が描いたストーリーはつまり、人間が作業をする環境とは程遠い特殊な世界、具体的には150度を超える岩盤をいかにして掘り進んでいったのか、その模様を描写した作品なのだ。これから始まる壮絶なドラマの幕開けを暗示した名言といえる。

名言2・・・高熱隧道文庫版12ページ

高熱隧道文庫版「これで坑内の実情が外部にもれないですむ。----かれらの顔には、同じようなかすかなゆるみが湧いていた」

異常な高熱のなか工事を続けていた阿曽原谷横坑の坑内に、興味本位で陸軍青年将校たちが見学に訪れる。工事を請け負っていた佐川組の技師・根津と藤平にとっては、労働法に違反するこの工事の現状が周知されるのは好ましくなく、青年将校たちの軽率な行動には参っていた。が、青年将校たちは事故で全員死亡。人の死を思わず喜んでしまった技師たちの心理を描写した名言。

名言3・・・高熱隧道文庫版16ページ

高熱隧道文庫版「岩にあたりながら落ちたものらしく頭部はつぶれて歯列と眉毛が密着し、足の骨も横腹から突き出ていてほとんど原型はとどめていなかった」

黒部渓谷の自然は人間が足を踏み入れがたい険しさで、発電所開発のための工事資材を運ぶこともままならなかった。ボッカ(負荷)と呼ばれる山歩きに熟達した強力といえども黒部渓谷からの転落事故が後を絶たず、ひと度落ちれば上記名言のように無残なことになってしまう。

名言4・・・高熱隧道文庫版23ページ

高熱隧道文庫版「冬の黒部渓谷は、平均積雪量五メートル余、雪庇や雪崩によって堆積した箇所では四〇メートルを超えることもある日本最大の豪雪地帯で、その上大規模な雪崩が頻発し、野生動物さえもその姿を消してしまうという閉ざされた世界なのだ」

そんなとんでもない場所を開発し、しかも越冬工事をしようというのだから、この先のことが思いやられるよなあ・・・・・・と誰もが読んでいてこの先の展開を想像してしまう名言。実際、真冬に大事件が発生するのだが、それは先のお話。

名言5・・・高熱隧道文庫版29ページ

高熱隧道文庫版「人夫頭の話によると、渓谷を下る間にかれは救出者の男たちに思いきり殴られたり、二度ほど途中で捨てられかかったこともあるという。八人の男たちは、自分たちの生命をもおびやかす厄介な荷であるその負傷者の存在に、激しい憤りをおぼえていた」

越冬期に恐れていた大事故が発生。地元猟師八人を金で説得し、怪我人の救出にむかわせる。猟師たちは死ぬ思いで人夫頭を回収し、奇跡的に冬の黒部渓谷の下山に成功。しかし、その道中、人夫頭は猟師たちから暴行を受けるはめに・・・・・・人夫頭は悪くないのに!と思ってしまった名言。

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名言6・・・高熱隧道文庫版35ページ

高熱隧道文庫版「人夫たちは熱気と湯気につつまれて作業をつづけてはいたが、三十分もたつと坑外へ這い出してくる。失神する者もいて、日を追うにつれて工事進度はにぶりはじめた」

加瀬組が放り出した第一工区も佐川組が担当することに。しかし第一工区は異常な岩盤温度を示し、初め摂氏65度だった温度が掘り進めるにつれて上昇していった。同時に坑内の天井からはそれと同温程度の熱湯もしたたり落ちる状態。こんな状態でトンネル工事をしたら、そりゃ失神する。

名言7・・・高熱隧道文庫版43ページ

高熱隧道文庫版「倒れた骨材の下になって押しつぶされた死体、ダイナマイトの暴発で四散してしまった肉体、暴走したトロッコと停車中のトロッコの間にはさまれて血しぶきをあげた人夫の死、それらを藤平は、数多く眼の前で見てきたが、それが度重なるうちにいつの間にかそれらの死に動揺することもなくなってゆく自分自身を意識しはじめていた」

当時(戦前)のトンネル工事は常に死と隣り合わせで、技師の藤平は常に工事作業員である人夫の死を目の当たりにしてきた。当初は技師として、人夫たちの死に言い得ぬ恐怖を抱いていたが、次第にその感覚も麻痺し、日常となってしまった・・・・・・そういう職業病だということなんですね。

名言8・・・高熱隧道文庫版44ページ

高熱隧道文庫版「おれたちは、葬儀屋みてえなもんだ。仏が出たからといって一々泣いていたら仕事にはならねえんだ。おれたちトンネル屋は、トンネルをうまく掘ることさえ考えていりゃいいんだ。それができないようなら今すぐにでも会社をやめろ」

藤平の先輩技師・根津の名言。人の死に過敏になってしまうと、本来の目的であるトンネル工事はできず、技師としての役割は果たせないのだ。しかし当時のトンネル工事が、こんな戦場にも似た修羅場だったとは・・・・・・壮絶!

名言9・・・高熱隧道文庫版55ページ

高熱隧道文庫版「笑いごとじゃありません。だいたい隧道そのものが常軌を逸しているのです。それに対処するには、少々滑稽でも思い切った方法をとらなければならないでしょう」

藤平は過酷な環境で働く人夫たちに谷川の冷水をホースでぶっかけることを提案。技師たちは苦笑するが、藤平は引かず先輩たちを前に上記名言を言い放った。この頃には岩盤温度が85度に達していたのである。

名言10・・・高熱隧道文庫版65ページ

高熱隧道文庫版「七月二十日、不意に一00度の温度計が音をたてて割れてしまった。早速一五0度温度計で測り直してみると、水銀柱は一0七度の目盛りまで上昇していた」

世界的に評価される学者の見立てでは、岩盤温度は95度をピークにあとは下がっていくと藤平たちに告げていたが、実際は95度どころか、100度もゆうに超えてしまっていた。この後、岩盤温度はさら上昇し続けることになってしまう。なんだよ95度って!

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名言11・・・高熱隧道文庫版82ページ

高熱隧道文庫版「血にまみれている根津の動きには、犯しがたい無言のきびしさが漂い出ている。遠巻きにとりまく人の群れの存在も忘れたように、根津は、ただ一人で肉塊をかかえながら蓆の上を往ったり来たりしている」

異常な岩盤温度での作業、起こるべくして起こってしまったダイナマイトの暴発事故。散り散りになった人夫たちの肉片を、総責任者の根津は拾い集め、身元確認作業のために、肉片を蓆の上に並べ始めたのだった。この行為は根津のパフォーマンスであり、人夫や技師たちの動揺を鎮めることに成功。凄すぎ!

名言12・・・高熱隧道文庫版106ページ

高熱隧道文庫版「藤平、お前にはわかるだろう。そろそろお前にもおれのしている意味がわかりはじめているはずだ」

トンネル掘りの技師だからこその凄みを持った根津は、自分と同じ道を歩もうとする藤平に語りかけた名言。いずれ藤平も、根津と同じように散り散りになった人夫の体を抱きかかえる日が来るとでも示唆しているような含みのある問いかけであった。

名言13・・・高熱隧道文庫版119ページ

高熱隧道文庫版「当たり前だ。十分に研究してから採用した方法なんだから・・・・・・。どうだいお前ら、素人のおれたちでもできたんだぜ。それをお前たち玄人がやれねえことはねえだろ」

発破作業の事故後、工事再開には2ヵ月掛かったが、ダイナマイトをエボナイト製の管に差し込み、高温の岩盤から伝わる熱を遮断する新方式が工事に取り入れられた。しかし事故の恐怖を引きずってる人夫たちはダイナマイトの装填を拒否。そこで技師の代表である藤平が代わりに高温の岩盤に穿たれた穴にエボナイト管に入ったダイナマイトを装填し、見事発破に成功する。ただ藤平も、体が四散する恐怖に襲われており、上記の名言は多分に強気が含まれているのだった。

名言14・・・高熱隧道文庫版126ページ

高熱隧道文庫版「どうにでもなりやがれだ。火の玉の中へでも突っ込むんだ」
    

工事の総責任者である根津の名言。岩盤温度は発破のたびに上昇し、ついには摂氏140度にまで上昇。岩盤はその後も上昇の気配を一向に止めなかった。140度の岩盤を掘り進めるなんて、現代の技術でも可能なの?と疑問を思ってしまう温度。技師からしたらそりゃ、火の玉に突っ込む覚悟だったんだろうなあ・・・・・・。

名言15・・・高熱隧道文庫版135ページ

高熱隧道文庫版「見て下さい、ないんです。宿舎です。宿舎がないんです」
    

冬の黒部峡谷は生物を寄せ付けない壮絶な自然であるが、佐川組では365日24時間工事が進められるよう、雪崩にも強い頑丈な宿舎を建設。技師や人夫たちはその宿舎に寝泊りし、冬場も難工事に勤しんでいた。しかし、正月が迫った12月27日、第二工区の志合谷で『高熱隧道高熱隧道』で最悪の事故が発生してしまう。突如として宿舎が消えてしまうなんて・・・・・・。

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名言16・・・高熱隧道文庫版155ページ

高熱隧道文庫版「藤平たちは呆気にとられた。五階建の鉄筋コンクリート宿舎は、一階を残しただけで、その内部の人間八十四名とともに完全にその姿を消してしまっていたのだ」

志合谷の宿舎は雪崩に襲われたのは確実なのであるが、倒壊したはずの宿舎の残骸が雪を掘れども掘れども見つからない。まるで神隠しに合ったかのように、忽然と消えてしまっているのだ。まるで意味がわからないが、ただひとつ、黒部の自然の力はとてつもなく強大で、そして恐ろしい・・・・・・。

名言17・・・高熱隧道文庫版156ページ

高熱隧道文庫版「ホウだ、ホウだ」

   

志合谷宿舎の建設を担当した技師・青山の名言。志合谷宿舎は通常の雪塊が押し寄せる底雪崩に襲われたのではなく、凄まじい大旋風を巻き起こす泡雪崩(ホウナダレ)に襲われた可能性が高いことが判明。泡雪崩の圧縮された空気が障害物にぶつかると炸裂し、その爆風は音速の3倍毎秒1,000メートル以上の速さを持つらしい。ホ・ウ・ナ・ダ・レ?

名言18・・・高熱隧道文庫版189ページ

高熱隧道文庫版「しばらくして傾斜から技師たちとともに下りてきた成田に、藤平は足早に近づくと、思いきりその顔を殴りつけた。自分でもなぜこれほど粗暴になるのかわからないままに、藤平は成田を執拗になぐりつづけた。成田の顔は、鼻と口からふき出た血でたちまち赤く染まった」

泡雪崩による多大な犠牲者を出したことで、トンネル工事は県から事実上の中止命令が下され、責任者の一人である藤平は打ちのめされていた。そんな折、技師のひとりが心をわずらい、残雪深い山奥へ失踪してしまった。同期の成田はその技師の後を追うが、残雪に足を踏み入れれば雪崩の危険があり、成田の行動は軽率だったといえ、工事中止でただでさえ苛立っていた藤平の怒りに触れてしまった。しかし、藤平の行動も現代であれば非常に軽率であり、ブラック企業とした新たな問題が勃発してしまうところであるが・・・・・。

名言19・・・高熱隧道文庫版202ページ

高熱隧道文庫版「七月五日、阿曾原谷側坑道の岩盤温度は、工事開始以来の最高温度摂氏一六五度を記録、入坑した人夫がつづけて倒れたので工事を中断、排気に全力を注ぎ、三日後に坑内温度が一〇度近く低下したので漸く作業を再開することができた」

165度! 100度程度の高温サウナですら、普通は5分も入っていられないが、周りが165度もある岩盤の中での作業はもはや常軌を逸しているとしか(とっくの昔に逸しているが)言いようがない。ちなみに165度もあれば、天ぷらを揚げることもできる温度です。まさに『高熱隧道高熱隧道』!

名言20・・・高熱隧道文庫版232ページ

高熱隧道文庫版「藤平は、時折かれらにはげしい恐怖感をおぼえることがある。坑道を歩いている時、肩をかすめて小型のハンマーが落ちてきたり、ノミが頬をかすめたりすることを何度か経験している。見上げると、そこには何気ない表情をして作業をつづけている人夫の姿がある」

当時のトンネル工事においては、工事作業員である人夫の死は避けられないものであり、技師のミスリードにより、人夫たちは死を強制されることも珍しくなかった。そのため、人夫たちはすべからく技師や会社への怒りを内包しており、現場では時として人夫たちの些細な反撃に遭うことも。技師たちは工事技術の向上だけではなく、人夫たちを抑える人心掌握術も必要だったのである。

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名言21・・・高熱隧道文庫版240ページ

高熱隧道文庫版「宿舎に突き刺さっているブナは、すべて根が上方になっていることからも一旦舞い上がってから逆さまになり、梢の部分から落下したと想像された」

泡雪崩によるブナロケットが宿舎を襲撃! 泡雪崩は宿舎近くのブナ林を通り過ぎ、空中に舞い上がったブナの木がまっ逆さまになった宿舎に突き刺さったのだ。倒れた火鉢が原因で宿舎は大炎上。死者28名を出す大惨事となった。黒部の自然は恐ろしすぎる・・・・・・。

名言22・・・高熱隧道文庫版254ページ

高熱隧道文庫版「藤平は、絶えず薄暗い坑道を、背後から人の足音が追ってくるような予感におびえた。坑道一杯に、人夫たちが無言でかれらを追ってくる。かれらは、死者の怨嗟をその背に負っている」

ついに165度にまで達する高熱岩盤全工区の貫通を達成。しかし、貫通する前日、火薬庫の錠は強引にねじ切られ、ダイナマイトが誰かの手で盗み出されてしまった。人夫頭は藤平や根津に、人夫たちに不穏な空気があることを伝え現場を離れることを助言。根津は取り合おうとしなかったが、人夫頭の眼にすら、人夫たちへ一方的に死を強いてきた根津たちへの憎しみの光が漂っていることを察し、根津と藤平は逃げ出すように現場を離れていった。『高熱隧道高熱隧道』、完。この小説は必読していただきたい!

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